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勤務する動物病院をどう選ぶか

「先輩たちがどのようにして勤務医先病院を探したのか」は、 獣医科大学生にとっては大きな関心事であると思われます。 いつ頃から、どのようにして活動を始めて、何を基準に自分の勤務医先を決めたのか。 将来を考える上で参考にして頂きたい先輩の事例をここで紹介します。

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私は大学3年生の後半から 動物病院を少しずつ調べていきました
上原大地 院長 霞ヶ関どうぶつクリニック(埼玉県川越市)


Q:将来を考えていく上で、どのような病院に勤務するかは重要なポイントになります。病院の規模や医療レベル、在籍しているスタッフ、また勤務時間や福利厚生など。 もちろん場所も重要です。迷って決め られない学生の方も多いと思いますが、上原 先生はどのように勤務する病院を選んだのでしょうか。
上原先生(以下 上原):私も学生の時はさんざん迷った記憶があります。現在、動物 病院は全国に 1 万件 以上あり、その中から選ぶというのは大変な作業です。多くの 動物病院は日々努力を積み重ねて診療に当たっており良い病院は沢山あるのですが、 学生の時にその情報を得ることは容易ではなかったと思います。 私は大学 3 年生の後半から動物病院を少しずつ調べていきました。就職を決めるまで にトータルで約 20 病院ほど見学させていただき、自分にとっての良い病院とは何か 自分なりの基準を考えていきました。

Q:多くの病院を見学した事は基準を作る上でどのように役立ったのでしょうか。
上原:まず、実際の動物病院がどのようなものか知らない事には基準の作りようがあ りません。新人の獣医師はどのような仕事をしているか、また長期勤務医の方はどの ような考え方なのかなど、見たいポイントは沢山ありました。また、病院の雰囲気な ど現場でしかわからない情報は色々あります。さまざまな病院を見学していくうちに それぞれ違いが見えてきて、基準が作りやすくなると思います。病院側としても学生 の方が興味を持って来てくれる事は嬉しいことですし、気になった病院にはどんどん連絡を取ると良 いのではないでしょうか。

Q:見学する病院はどんな方法で探されたのでしょうか。
上原:獣医師の求人サイトや各病院の HP などで 調べたり、同期の友人と情報交換をしたりして病 院を選 びました。大学の先生や、見学先の先生の 紹介で新しい見学先を決めることもありました。

Q:最終的にはどのような病院を選んだのでしょうか。
上原:「自分ならこういう病院を作りたい」とい う病院を選びました。獣医師が10人ほど在籍し ており、地域でも中核をなすような病院でした。 福利厚生など労働環境も良く、実際に就職してか らもこの病院を目標にしたいという気持ちは変わ りませんでした。ただ、在籍獣医師数が多く新人 の私に回ってくる仕事 が少なかったため、早く経 験を積みたいという焦りが生じてしまい、実は 1 年半で退職しています。その後、改めていくつか の病院を見学させていただいた上で新たな就職先 を決めました。そこは獣医師 5 人ほ どの伸び盛り の病院で、院長はじめ同僚の士気が高く、臨床に 集中した毎日を送ることが出来ました。開業を目 指す獣医師にとって、外科技術を習得できるかど うかは非常に重要なポイントとなります。この病 院では自分が担当した患者の手術は基本的に執刀 もしくは助手をさせてもらえるというルールがありました。院長にとっては新人に手術をさせる事 はリスク要因となります。そこを許容してくれる 病院かどう か見定めることは非常に大切だと思います。

:これから勤務病院を探す学生の方に、上原先 生のご経験からのアドバイスをお願いします。
上原:将来どのような獣医師になりたいかを考え て、その為のスキルを学び経験を積める病院がそ の人に とって 1 番良い病院ですので、それぞれ選 ぶべき病院は違ってきます。専門的な知識や技術 を得たいのか、 早く開業したいのか、長期的に勤 務したいのか。学生の間にある程度プランを立て ておく必要があります。 最初から思った通りの環境であれば言う事はない のですが、そうでなかったとしても、やる気さえ あれば活躍の場はいくらでもあります。私もそう でしたが、もし環境を変えたいと思うなら途中で 病院を移ると いう選択肢もありますので、追い込 みすぎずに就職活動を続けていくのが良いのでは ないでしょうか。 学生の時に見学した病院の風景 やスタッフとの会話や経験談は今でも覚えていて、 病院運営を考えていく 上で参考になっていますので、活動自体も無駄にはならないと思います。

Q:学生の頃にしかできない活動もありますが、社会に出てからも向上心をもって取り組んでいくこと が 大切なのですね。 本日は有難うございました。

【特別対談】承継開業院長に聞く

将来の自分の職業を獣医師と決めて獣医科大学に入られた学生さんにとって、 最初の目標は国家試験合格でしょうが、最終目標は開業して動物病院の院長になることでしょう。 その開業希望の学生さんに、「承継開業」という、もう1つの開業法があることを知って 頂きたいのが本誌の発刊趣旨です。そこで承継開業された上原大地院長に、 勤務医から承継開業するまでの経験談をお伺いしました。

今後は事業承継を 知らない事がリスクになる

自分の将来にどのような選択肢があるのか

上原先生

西川:私たちは 5 年前から開業医向け情報誌「動物病院の事業承継を考える」を発行 してきました。そして今年から小動物臨床を志す学生の方を対象とした情報誌 「Succession サクセション(事業承継)」を創刊いたし ます。 獣医学生の方々にこれ までの選択肢に加え、「既存の病院を承継する」という非常に合理的な方法がある事 をより深く知ってもらうためにこの情報誌を発行することにしました。 動物病院をと りまく経営環境は年々厳しくなってくることが予想されています。 首都圏を中心とし て開業件数が増加し競争は激しくなりますが、犬の飼育頭数は減少していきます。そ のよ うな中、新規開業はカルテ登録数 0 からスタートしなくてはなりません。これ までは 3-5 年で経営が軌道に乗るケースが多かったのですが、これからは借入金の 返済を行いながら病院を成長させていくことがより困難 になると考えられます。 動物 病院と経営スタイルが類似している歯科医院や人医療の開業医院では、事業を第三者 に承継する事はごく一般的な選択肢となっています。それだけ有利な点が多く、これ からの厳しい動物病院業界においても重要な選択肢になってくることは間違いありま せん。この事実を多くの学生の方に知っていただきたいと思ってい ます。 上原先生は 3 年前に承継開業されましたが、そのきっかけをお聞かせください。

上原先生(以下、上原):学生の時、将来の選択肢として小動物臨床の他に大動物臨床、 企業、公務員などがありました。そして小動物臨床の中でも長期勤務医、開業医、専 門医など様々な道に分かれます。実際に色々な現場を見て、私は小動物臨床の道を選びました。勤務医を続けている間も開業したいと いう気持ちはありましたが、将来の見通しが悪い 中で果たして大きな借金に見合う経営を行うこと ができるのか、また、病院過多 の時代に自分が新 しく作る病院は果たして必要とされるのかを常に 考えていました。 そのような中、勤務医 4 年目に 参加した日本臨床獣医学フォーラム年次大会で西 川先生の事業承継に関する 話を初めて聞く機会が ありました。 承継は 3 方(譲る側、譲られる側、 そして地域の飼い主さま)にとって有益だという 話が印象的でした。初 期費用をかなり低く抑えら れる事や売上から借入金の返済ができるために安 定した経営を続けられる点など も非常に魅力的で した。 当時は動物病院の事業承継はまだ例が少な く不安な点もありましたが、理想の開業方法だと 思えたため、早 速個別に連絡を取らせていただき、 西川先生と承継病院を選び始めた事が承継のス タートラインでした。

事業承継はものすごいスピードでスタートが切れる

上原先生

西川:上原先生は勤務医経験を 7 年(承継先での 2 年半の勤務を含む)積んだのち事業承継により院長 となり ました。それから 3 年が経ちますが、これ までを振り返ってどんなことを感じていますか。
上原:自分のアイデアをどんどん活かせる環境な ので仕事に没頭しており、あっという間でした。 現在は「承継した病院」という感覚は少なくなり、 「自分の病院」という感じ方になっています。医療 に関しても自分が やりたいと思ったことがどんど ん出来ています。 承継病院はスタート時から機器 機材が揃っていて、数千万円以上の売上がある状 態なので、自分のやりたい 医療を実現する近道もなると思います。 通常の承継期間は約半年とい うことですが、私は 2 年半かけて承継しました。 それは前院長が整形外科のス ペシャリストであ り、その技術を承継する事も含まれていたためで す。その期間で 250 症例を超える整形、神 経外科 を経験できました。これも新規開業にはない、事 業承継の凄さだと思います。

西川:実際に事業承継を終え、現在はそれをどの ようなものだったと捉えていますか。また、重要 だったポイ ントなどはありますか。
上原:事業承継は開業方法の 1 つで、特殊なもの ではなかったと考えています。やはり相応の努力 が必要で、 何か無条件に「棚ぼた」的な得をする というわけでもありません。承継はハードを引き 継ぐ事も重要ですが、 それよりも人との関係性をうまく作っていくこと が重要になると思います。前院長は長年その地域 で獣医臨床を行ってきた方です。もし味方になっ てくれればこんな大きなバックアップはありません。また、カルテを引継ぐというのは具体的には オーナーとの関係性を引き継ぐということです。 これもうまく継続できなければ価 値はありませ ん。 また、動物の命の長さを考えると、カルテは どんどん刷新されていきます。私のケースですと 現在承継後の新患カルテは全体の半数近くを占め ています。既存のカルテは引き継ぎますが、新規 開業と同様、新患の獲得 に力を入れることはもち ろん重要です。 事業承継はタイミングが非常に重 要だったと感じています。早くから承継について 情報を集め、チャンスが 来た際に即座に反応できるようにしておくことが 必要です。また、希望の承継先に出会えなかった 際には新規開業も視野に入れなくてはならないた め、承継希望であっても常に選択肢を複数持って いられると良いと思います。

西川:獣医学生の方で事業承継をもっと詳しく知 りたいという人は今後増えてくると思います。 実 際に承継をした獣医師としてアドバイスをお願い します。
上原:現在、獣医学生の方には事業承継がまだ広 く知られていないとのことでした。 勤務獣医師の 方も含めて、承継を敬遠する理由があるとすれば、 「古い病院は嫌」「好きな場所で出来ない」「売上 が伸びなそう」「人間関係が面倒くさそう」「なん か怪しくて騙されそう」というあたりではないで しょうか。 私は承継前、そのような事が気になっ ていたと思います。 開業というのは経営者になる ということで、獣医学とは違った視点も必要にな ります。経営が軌道に乗っているのであれば「古 い」というのは全くデメリットになりませんし、 どんどん新陳代謝を行って新しい環境を作り上げ ていく事もできます。好きな場所でやりたいとい うのは誰しも望んでいるとは思いますが、今後の 業界を考えると、その優先順位は下げるべきもの かもしれません。自分の努力やアイデアで売上を 伸ばすことはもちろん可能だと思いますが、承継 する前に、どの程度伸ばせる余地がありそうかを 考えておくことも大切か と思います。 また、人間 関係は病院経営を成功させたいなら承継でも新規 でも必要な事で、そこに努力をせずに今後伸びていくのはそもそも難しいと思います。 そして、一 番注意しなければならないのは「騙されそう」と いうところです。私もそうでしたが、獣医学科で は開業や事業承継の法律面などは全く教えてもら えません。契約書作成などの重要な場面では西川 先生や承継に詳しい弁護士の方などに確認・修正 をしてもらった上で、納得のいくまで先方と話し 合ってから契約する必要があります。ここをなん となく遠慮しながらやってしまうと結果として承 継が頓挫してしまうリスクや、 双方に不満が残る リスクが高まります。

学生の方へのアドバイスですが、獣医師として活 躍するためにはまず、たくさん勉強することが基本だと思います。私も自分の未熟さに常にコンプ レックスを持っていますが、一生勉強を続けても しきれないくらい面白い仕事につけていることに 感謝しつつ今後も頑張っていきたいと考えていま す。 また、学生時代の友人や先生との繋がりは本 当に大切です。まだ何も持っていない学生だから こそ作れる関 係はすごく貴重だったと痛感してお ります。

西川:今後も獣医学生の方が、希望を持って進ん でいけるようにバックアップができればと思いま す。本日は ご多忙の中お時間を頂き、ありがとう ございました。